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2023
11
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調査研究部

洋上風力発電施設稼働時の水中音と海洋生物の行動

はじめに

風力発電は、再生可能エネルギーの中でも発電ポテンシャル面から有力な電力供給源であり、近年は陸域に加え洋上風力発電施設(洋上風発)の建設が世界各地で進んでいる。
洋上風発から発せられる水中音の周波数は、海洋生物の聴覚感度のよい数十Hzから数百Hzであり1,2)、洋上風発周辺に生息する海洋生物は、長期間水中音に曝露され続けることになる。これまで、生物や生態系への洋上風発の影響は、構造物建設に伴う採掘衝撃音の影響評価など、一時的な音の影響を検討したものが多く、長期間水中音に曝露された場合の海洋生物の行動に及ぼす影響を検討したものはほとんどない。
そこで、青森県営浅虫水族館において飼育実験を行い、洋上風発からの低周波水中音が、キタオットセイの行動に与える影響を調査・検討した。

実験概要

2022年4月19、20日に、青森県営浅虫水族館のキタオットセイ飼育水槽(図1)を用いて、音圧分布測定とキタオットセイ(雌:3個体)への低周波水中音の影響評価を行った。飼育水槽は、前面がアクリルガラスで覆われており、水槽内には遊泳スペースのほかに上陸スペースが設けられている。

キタオットセイ飼育水槽(図の下側がアクリル面、網目部が上陸スペース)

図1 キタオットセイ飼育水槽(図の下側がアクリル面、網目部が上陸スペース)

実験方法:

信号発生器で正弦波を生成し、オーディオアンプを介して、水深1.5mに設置した水中スピーカから、出力電圧2.0Vp-p、アンプボリューム60の条件で環境雑音内に周波数100、160Hzの水中音(純音)を発生させた(図2)。
飼育水槽内を5区画に区分し、水中マイクを水槽へ垂下し、区画ごとに深さ1.5mの音圧レベルを計測した。キタオットセイへの影響評価では、15分無音、15分放音を1セットとし、音圧分布測定と同じ100、160Hzの水中音を発生させた。
色の異なるハーネスを3種類作成し、キタオットセイに装着し、個体識別を行った。ハーネスにロガー(Little Leonardo社製、ORI400-D3GT、12×45mm、9.0g)を取り付け、加速度や遊泳水深の計測を行った(図3)。また、ビデオカメラにより水槽内のキタオットセイの行動を記録した。

実験システム構成

図2 実験システム構成

左図:ハーネスと加速度ロガー、右図:ハーネスの取り付け

図3 左図:ハーネスと加速度ロガー、右図:ハーネスの取り付け

結果と考察

水中音の影響実験:

飼育水槽の音圧レベルは、100、160Hzの周波数ともにスピーカ付近やアクリル側ほど高く、水槽中央で低い傾向がみられた(図4)。
キタオットセイの遊泳水深をロガーのデータから解析したところ、100、160Hzの周波数ともに、放音中に上陸時間が増加し、潜水時間が減少しており、キタオットセイは放音中に水中を避ける傾向がみられた(図5)。水中音の有無によって深度分布には有意差が見られたが(Mann–Whitney U test:p < 0.05)、実験を重ねるごとに、こうした潜水時間や上陸時間の変化は減少した。また、キタオットセイのグルーミングの頻度をビデオカメラの映像から解析した。実験1回目には、100、160Hzの周波数ともに放音中にグルーミングが発生したが、2、3回目の放音時にはグルーミングの発生は減少した(図6)。

音圧レベル測定結果(上:100Hz、下:160Hz)

図4 音圧レベル測定結果(上:100Hz、下:160Hz)

遊泳水深の変化(3個体平均)(各回、左:無音、中央:放音、右:放音後)

図5 遊泳水深の変化(3個体平均)(各回、左:無音、中央:放音、右:放音後)

グルーミングの発生回数

図6 グルーミングの発生回数

生物影響実験のまとめと今後の課題:

本実験では、実験1回目では各周波数の水中音を放音した際に、放音中に潜水頻度が減少し、上陸頻度が増加したが、実験を重ねるごとに反応が減少した。オットセイは、時間経過とともに人工的な騒音からの逃避行動が減少することが知られており3)、本実験でも実験を繰り返すことで低周波水中音に馴致したと推察された。
また、放音中にグルーミングが観察されたが、実験を重ねるごとに減少した。グルーミングは変位行動の一つであり、霊長類では変位行動は心理社会的ストレスのある状況で発生する傾向があると知られている4)。このことから、本実験で観察されたグルーミングは、低周波水中音によるストレスの可能性が考えられた。
洋上風発から発生する断続的な音に対する海洋生物への影響評価はフィールド調査が難しいため、今後も飼育環境での調査を行う必要があると考えられる。

引用文献

1)海洋音響学会:海洋音響の基礎と応用、成山堂書店、258 pp,2004.

2)H. Slabbekoorn, N. Bouton, I. van Opzeeland, A. Coers, C. ten Cate, A. N. Popper: A noisy spring: The impact of globally rising underwater sound levels on fish. Trends in Ecology and Evolution. 25(7), 419–427, 2010.

3)V. B. Deecke, P. J. Slater, J. K. Ford: Selective habituation shapes acoustic predator recognition in harbour seals. Nature. 420(6912), 171-173, 2002.

4)D. Maestripieri, G. Schino, F. Aureli, A. Troisi: A modest proposal: displacement activities as an indicator of emotions in primates. Animal behaviour. 44(5), 967-979, 1992.

(常務理事 伊藤 靖)

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